[自然栽培] 昨年末に種を蒔いたヘアリーベッチが枯れ始めました。2012年08月04日 21:40

 昨年の秋に, 馬鈴薯の農林1号の種芋を埋めた時,
その側に, ヘアリーベッチの種も蒔きました。
秋冬収穫の馬鈴薯にヘアリーベッチにつく根粒菌が
有効なのかは分からなかったのですが,
冬の降雪で枯れると(勝手に)思っていたヘアリーベッチは,
越冬し, 5月頃から花を咲かせていました。[1]
いつまでヘアリーベッチは生きるのだろうと思いながら
様子を見ていましたが, ここ数日前頃から,
枯れ始めていることに気が付きました。
ということで, 半年以上も生きることを知りました。

 春に種を蒔いたヘアリーベッチは,
未だ花を咲かせている状況ではないので,
となると, これはそのうち花を咲かせて, 秋までは生きるのでしょう。
畝肩にもじゃもじゃになっているヘアリーベッチですが,
どれだけ窒素分供給に寄与したのでしょうか。
分からないです。
ただ, 咲いているヘアリーベッチの花に,
蜂らしい虫が時折飛んできているようなので,
少なくともそのような虫を, 借りている畑に誘い込むことには
成功しているようです。

 ということで, ヘアリーベッチがそろそろ枯れるのですが,
その畝では, 春埋めした農林1号が,
一部が今も花を咲かせているところです。
同じ頃に種芋を埋めた
キタアカリと十勝こがねがほぼ枯れているのとは
対照的です。

 ヘアリーベッチを馬鈴薯の畝に蒔いたのは,
伸びる蔓が馬鈴薯に影響しないからということが,
木村秋則氏の本[2]に書かれているのですが,
そう言うことはありませんでした。
ヘアリーベッチの蔓はしっかり馬鈴薯に巻き付いていました(^^;。
ということで,
次からはヘアリーベッチではなく,
大豆を近くに蒔こうと思っておりますが,
しかし, 馬鈴薯の種芋を埋める時期は,
大豆を蒔くには早過ぎるので,
結局はヘアリーベッチを蒔くことになるでしょうか。


[1] http://okyuubooya.asablo.jp/blog/2012/05/28/6461264
[2] 木村秋則「自然栽培ひとすじに」創森社(2007)120頁

あれ, なんでこんな物を食べているのだろう?2012年08月04日 22:26

 生きている動物由来の物(肉, ゼラチン)を食べるのを止めたのが
2008年からだったように記憶しています。
それから, 薬のカプセルがゼラチン製だということをうっかり忘れ,
2010年頃までゼラチンは摂っていました(;_;)。
それに気づいてからは,
外食時に混ざっていることに気が付くのが遅れた時や,
お裾分けされた食材に実は入っていた,
という時以外は, ずっと生きている動物由来の物は,
食べていません。
それまでは牛丼やカツ丼,
ハンバーガーが大好きだったんですが(^^;。
そのような生活をして4年目なのですが,
何故か今朝は, 肉を食べていていました。
丼に米が入っていて, その上に, 生姜焼きのような,
牛丼程ではない薄めの肉が味付けされていた物
(北海道十勝の豚丼かな?)を食べていたのでした。
それがどこなのかも分からなかったのですが,
食べているうちに,
あれ, 肉を食べているよ, 私は, という事に気が付き,
それから(多分)間もなく, 夢から醒めました。
夢を見た後, その殆どの内容を忘れるのですが,
今朝の夢のこの場面については, 覚えていました。
どうしちゃったんでしょうかね(^^;。
起きてから18時間以上経っているのに,
丼に箸をつっこんで, 肉を挟んで, 口へ運ぶ場面が,
何故か思い出されます(^^;。
ちなみに, 肉を食べなくなった今は,
ファストフードやら, ファミリーレストランの前を車で走ると,
そこからの匂いで, 不機嫌になります。
あの油か, 蛋白質を加熱した時に出るだろう匂いは,
私の体は受け付けていないのだと思われます。

懐かしい景色2012年08月04日 22:40

 2002年[0]から約9箇月程,
訪問研究者として, 南仏に滞在しておりました。
未だ当時は, 研究者らしい仕事ができる環境にありました。
この南仏訪問以降, 諸事情により研究の仕事をする時間がなくなり,
自分の研究者としての才能不足が追い打ちをかけ,
体調不良が進み, 結局2010年に仕事を辞めることになりました。
訪問研究者として国外へ出たのは,
既に研究生活が行き詰まっていたので,
新しい展開を求めての行動だったのですが,
結局は, 研究生活を早く終わらせることになったのでした。

 それはともかく(^^:,
フランスは2度目の滞在でした。
大学学部ではドイツ語を選択していたので,
フランス語について人から学んだことはなかったので,
フランス滞在は大変苦労しました。
言葉ができないのに, 何故かそこへ2度も行ったのですが,
ある人に言わせると, その行動には理由があったとのことです
(あまりにも個人的なことなので, ここには書きませんが(^^;)。

 相棒のとりほは, フランス滞在時は,
早く日本に帰りたいという状況だったのですが,
訪問研究を終えて日本に戻ってきてからは,
フランス滞在が良かったという思いになっています。
何より, 気候と食べ物が彼女に合っていたようです。
だから今でも彼女は, 滞在地(厳密には, その隣町(^^;)へ
いつかは移住するのだ, との思いが強いです。

 その滞在地を紹介するテレビ番組が, 昨日, ありました。
滅多に見ない, BSの番組です。[1]
このところ, ロンドンオリンピック中継やら,
関連番組ばかりで, オリンピックに全く興味がないとりほと私は,
珍しくBSチャネルを選択していたのでした。
そして, この番組を見ることになったのでした。
懐かしい景色と, 滞在時には知らなかった,
その街についての歴史を日本語の解説で知ることができて,
とても興味深いものでした。
そこを訪問して, 10年目にして初めて知る事実がたくさんありました。
ここは, 観光客として訪ねるには良いところなのですが,
住むには結構不便なところです。
なのですが, そして, とりほ程は強くは思っておりませんが,
また住んでみたいなあとも思っております。
言葉の問題[2]があるので, 結構大変ですけどね(^^;

 滅多に見ないBSチャネルの番組を見たら,
この内容だったということで,
とりほによれば, これは神(天?)が,
私達に見せてくれたのだろう, ということだそうですが,
そのような気が, 私もしております。
なにせ, 野球から韓国の番組か販売ばかりで,
BSチャネルに合わせようという気が起こりませんので。

[0] このブログを複写した時, 「2012年」となっていました。
2002年が正しいです。訂正いたします。(2013/03/30)
[1] http://www.bs4.jp/w_mizu/onair/10/
[2] 観光地なので, 宿や駅では英語は通じますが,
街中ではあまり通じないですね。

おっぱいカフェ2012年08月04日 23:09

 時折見て, 時折大笑いする内容のものが紹介される
某ウェブサイト[1]を見ていたら, 次のURIの店の看板が。[2]
あああ, なんでまた「おっぱいカフェ」なんて名前をつけたんでしょう(^^;。

 尚, 何故この情報に反応したのかについては, 内緒です(^^;。

[1] http://www.engrish.com/2012/08/we-never-run-out-of-milk/
[2] http://www.hotpepper.jp/strJ000025362