大学学部入学試験の化学問題: 試験時のみ覚えておけば良い知識を問うのは辞めるべきでは?2013年01月14日 21:29

 私の専門は無機(固体)化学なのですが,
大学学部入学試験受験者支援をしていると,
私の専門分野なのに,
何だ, この問題は, という問題が少なくありません。
覚えても, 学部に入って, 覚えておいても意味がないと思うのは,
私の専門の無機化学に多いという印象を受けます。
具体的には, アルカリ金属, アルカリ土類金属の炎色反応,
遷移金属が作る錯体の色や沈殿の溶解性です。
色については, 量子力学に基づく量子化学の知識が必要ですが,
高等学校では量子化学はもちろんのこと,
量子力学についても学びません
(電子の粒子性と波動性は学びますが)。
なので, 色については, どのエネルギー準位間の出入りなのかを,
伝えようにも伝えられません。
まあ, ガス焜炉(こんろ)で湯を沸かす時に,
吹きこぼれた湯に含まれる
Naイオンの発色の黄色が見えることを例に,
Naの炎色反応が黄色だと覚えなさいというのは,
それ程困難ではないでしょうが,
それを, Li+, Na+, K+, Cu2+, Ca2+, Sr2+, Ba2+について,
リアカーなきK村動力かるとするも紅馬力
のような妙な語呂合わせで覚えさせて,
何の意味があるのでしょうか?
そして, アルカリ土類金属については,
その硫酸塩が水に難溶性なので,
炎色反応の出題をするのは辞めた方が良いと思うのですがね?

 あるいは, 遷移金属の複数の酸化数についても,
M殻, N殻にある, 未だ空きがある電子軌道の話を
教えてない状況で, 教える意味がそれ程あるようにも思えません。
せいぜい, 強力な酸化剤であるMnO4-とCr2O72-について,
酸化数の変化を, 具体的な反応条件を覚えてもらえれば
十分だと思うのです。

 物理(高等学校では「学」はつかないですね)で学ぶことは,
大学へ進んでも漏れなく基礎になるのに対して,
化学については, あれだけ覚えたことは,
いったい何だったのだ, という知識が少なくないです。

 具体的に指摘しましょう。2012年春の化学Iの問題の,
第3問問2は, 覚えている事を問うだけでした。
> 酸化物の反応に関する記述として誤りを含む物を1つ選べ。
> (1)Al2O3を水酸化ナトリウムの水溶液と反応させると,
> Na[Al(OH)4]が生じる。
> (2) Na2Oを水と反応させると, NaOHが生じる。
> (3) P4O10を水に加えて加熱すると, H3PO4が生じる。
> (4) CaOを希塩酸に加えると, CaCl2が生じる。
> (5) PbO2を希硫酸に加えると, PbSO4が生じる。
(1)は, 正しくないでしょう。Na+と[Al(OH)4]-が生じますが,
いきなり塩はできないはずです。
(2)は正しいです。
(3)は正しいです。
(4)は正しいです。
(5)は, 鉛蓄電池の陰極で起こる反応ですが,
この反応が起こるのは, 電子が外からやってくるからであって,
単独で起こるとは考えにくいです。
希硫酸には酸化還元作用はありませんので,
考えられるのは溶存酸素による酸化でしょうが,
PbO2は+4,PbSO4は+2なので, 還元です。
無理がある反応です。なので, (5)もおかしい。
(1)は, 私の解釈にこじつけがあるので,
高等学校教科書水準にすれば正しい。なので, おかしいのは(5)のみ。
(5)だけやや考えさせる問題で, (1)-(4)は, 覚えているだけです。

 第3問問5も, 覚えているかいないかの問でした。
> 化合物Aの水溶液に化合物Bの水溶液を加えた時,
> 褐色の沈殿が生じる化合物AとBの組み合わせを, 1つ選べ。
> (1) 硝酸銀, 水酸化ナトリウム
> (2) 塩化銅(II), 硫酸ナトリウム,
> (3) 塩化鉄(III), チオシアン産カリウム,
> (4) 硝酸鉛(II), 塩化ナトリウム,
> (5) 硫酸亜鉛, 硫化水素

 これは,
(1) AgOH → Ag2O↓褐色
(2) 何も沈殿しない
(3) Fe(SCN)3↓血の赤色
(4) PbCl2↓白
(5) ZnS↓白

ということで, (1)が正しいのですが, これも覚えるだけ。
発展性はないです。

 物質の基本性質として覚えておくべきことは,
専門が異なると変わってくるのでしょう。
私の立場からだと, 上の2つは, 覚えて,
そして, どうなるの, という気がしないでもないです。
仮に定性実験するなら,
沈殿生成を見なくても,
ICP発光分析にかけたら一発でわかるのですから,

 今週末のセンター入試ではどうなる事やら。