[富山] 地域の鉄道の話。石川県との比較。2020年01月06日 23:37

 北陸中日新聞のウェブ配信の記事[1]に目が止まりました。

>  【北陸図絵 60年】ローカル線 岐路

 と言っても, 北陸中日新聞が扱う「北陸」は,
石川と富山だけです(^^;。この記事に,
本来の「北陸」である
福井と新潟の情報があれば完璧なのですが...。

> 高度成長期を経て,
> 地域の「足」は, 鉄道からマイカーに移り変わった。

 60年を振り返っていますから,
このような書き方になるのでしょう。
「高度成長期」, 今の若い方々には信じられないことでしょう。
ご年配がこの時の人で, 当時と今の社会が大きく違うのに,
違いを無視して当時の「常識」で話をしたら,
私のようなおっさんでもイライラしてしまいますね(^^;。
それはともかく,
私が住んでいた南関東も, 鉄道は,
山手線内以外と, 既存鉄道沿線以外は,
それほど充実しているとは言えていない状況でした。
私が高等学校生徒の時に,
有楽町線は未だ山手線の外に出ていませんでした
(銀座一丁目と新富町は外でしたね(^^;)。
今は埼玉県西部にある東武東上線と西部池袋線の
どちらにも乗り入れ, そして副都心線として,
新宿や渋谷, 自由が丘, 横浜まで行ってしまうなんて(^^;。
大都市では, その間でも鉄道建設が続いていたのですが,
石川と富山では, 縮小し続けたのですね。

 過去に金沢市に路面電車が走っていたということを知って,
私は大変驚きました。
かつての路線図を見ると,
兼六園のあの急坂でも路線があったようですね。[2]
今も残っていたら, 観光客にはとっても便利ですね。
wikipediaの記事[3]を読むと,
自動車社会になったこと以外に,
北陸鉄道が主力を路面電車からバス事業へ移したことや,
富山と違って空襲を受けていなかったことで道が狭いこと,
「兼六坂暴走事件」という事故があったこと,
などが絡み, 1967年には廃止となったとのことです。
なんだか早すぎですね。

 北陸中日新聞の記事に戻ります。

> この全国的な傾向が石川では顕著だが,
> 富山には当てはまらないことが,
> 本紙の取材で明らかになった。
> この60年で, 石川は約200キロの路線が消えて半減したが,
> 富山の減少はわずか50キロ程度だ。

 旧国鉄時代の七尾線, 能登線の廃止が大きいのでしょうね。
これだけで80 km位あります。

 富山県も, 射水線(高岡から海沿いを通って富山へ行く),
笹津線などがありました。
射水線の一部は万葉線として残っています。
富山市内の路面電車も廃止が続いていたのに,
今の市長になって, 環状線が造られました。
そして今年は, 旧国鉄の富山港線から軽便鉄道となった,
富山ライトレール線がこれまでの路面電車と接続します。

> 自動車の台数は, 1960年度は両県とも3万台以下だったが,
> その後, 急速に普及。 66年度に10万台を突破した。
> 平成に入ると, 石川で約58万台, 富山では約63万台にも。
> 最新のデータによると, この約60年で,
> 石川は31倍の91万台, 富山は42倍となる90万台に増えた。

 60年前で比較するから凄い倍率ですが,
1966年度と比べれば, 10倍, ...。やっぱり凄い増加ですね。

> マイカー増に伴い, 鉄道路線が次々と姿を消す。
> 国の統計によると, 路線廃止は, (19)60年代~(19)80年代に集中。
> 石川では(20)05年にのと鉄道能登線が廃線となるなど,
> (20)00年代も流れは止まらなかった。
> 貨物路線や観光路線などを除いた鉄道総延長は,
> 石川は(19)60年の360キロから(20)17年は172キロに。
> 一方, 357キロだった富山は305キロと300キロ台を維持する。

 石川の七尾線と能登線の廃止は,
観光とうまく繋げられなかったようです。
富山の場合は, 射水線が, 富山新港開港で切られて東が廃線。
しかし, 立山連峰へ行く路線はうまく営業しているようです。

 富山市内の路面電車は, 私が街中に移り,
高速バス通勤を辞めてからは,
毎日のように利用させてもらっています。
富山駅を降りたら雨雪に降られることなく
路面電車に乗れることが,
こんなにも快適だとは思っていませんでした。
富山ライトレールの利用の方もこの便利な感覚を
もうすぐ日常的に経験できます。
非常に以外なのですが,

> 富山では沿線住民の反対もあり, 廃線が阻止された過去[1]

があったのだそうです。
富山市内の路面電車に乗っていると,
確かに, かなり乱暴な運転が多い割に,
軌道に乗っかって電車を妨害する車はあまりありません。
交差点では見ますが, あれはわざとではなく,
道が狭いから仕方がない(というか,
これまでに富山県や富山市が,
道を拡幅してこなかったのが悪いのですが。)ことでしょう。
高岡市ではどうなのかはわかりませんが,
富山市内では, 路面電車は嫌われていなさそうです。

 今後60年でどうなるのでしょうか?
今の富山の人は, そこを考えて行動されているでしょうか?
私は現富山市長を基本的には支持していませんが,
路面電車を少しは活用したことは,
良いことだと評価しております。

 私は60年後は生きていないかも知れないですね(^^;。
60年も経つ前に,
「本籍地」である南の島へ行かないといけないので。

[1] https://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2020010602100013.html
[2] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%99%B8%E9%89%84%E9%81%93%E9%87%91%E6%B2%A2%E5%B8%82%E5%86%85%E7%B7%9A#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Kanazawa_tram_map_1961.svg
[3] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%99%B8%E9%89%84%E9%81%93%E9%87%91%E6%B2%A2%E5%B8%82%E5%86%85%E7%B7%9A